ダッフルコート

ダッフルコート(duffel coat)は、アウター、オーバーコートの一種です。
ベルギーのアントワープ近郊・ダッフル地方で作られた起毛仕上げの生地を用いたことから、こう呼ばれます。
フードが付いた防寒コートで、裏地はなく、大きなヨーク(肩に当てる切り替え布)、トグルと呼ばれる留め木とそれを留めるループが数個付いているのが特徴です。
トグルは浮き型をしており、ボタンとは違って手袋をしたままでも容易に留め外しができるように考えられています。
動きやすいように丈は膝丈前後と比較的短く、フードは身頃に直接縫いつけられ、大きなパッチポケットも、トグルと同様に手袋をしたまま中に手を入れられるような工夫です。
ボタンではなくトグルで前を留めるのにはもう一つ理由があります。
それは、ボタンだと、ボタンの付いている側とボタンホールの付いている側は交換はできませんから、前身頃の合わせはボタンの側が必ず下になります。
ですが、トグルとループで留める形だと、前身頃の合わせを自由に切り替えられるため、合わせ目から風が入らないよう、風向きに応じて簡単に直せる、ということなのです。
北欧(ノルウェーという説が濃厚)の漁師の仕事着として長く活用され、第一次、第二次両世界大戦ではイギリス海軍が軍服として採用しました。
同じ形のコートを『WWUブリティシュ・ショートウォーマー』『コンヴォイ・コート』『モンゴメリー・コート』と呼ぶこともあります。
一つ目はそのまんま、『第二次世界大戦の英軍の短丈の外套』ですね。
二つ目は、戦時中、輸送船団(コンヴォイ)の乗組員のためのコートだった事か由来しているようです。
三つ目の"モンゴメリー"とはイギリスのバーナード・ロー・モンゴメリー元帥のこと。
ドイツ軍の名将、エルヴィン・ロンメル将軍を1942年の北アフリカ戦線で討ち破り一躍英国のヒーローとなった彼が愛用していたことからこう呼ばれます。
戦後、平和な世の中になり、軍隊からの放出品を民間人が購入したことから一気に普及しました。
イギリスでは、戦前は高級注文服の仕事をしていたハロルドモーリスとフリーダ・モーリスの二人が、戦後は英軍用に調達したものの終戦で不要になった軍用衣類や樹脂でコーティングした鎖帷子を販売することにし、その中に、このダッフルコートもありました。
しかし放出品の数を上回る需要が出るほど流行したダッフルコート、すぐに売り切れてしまいました。
放出品ですから増産されるものではなく、お客さんの熱心な要望に応えるべく、二人は『グローバーオール』社を創設、独自のダッフルコートの生産を始めます。
彼らは軍の放出品だけではなく、それ以前のダッフルコートについても徹底的に調べ、機能性に富み、暖かく、着やすいという利点は残し、更に流行を取り入れてファッショナブルなコートに改良する作業に取り組みました。
その結果、木と麻縄だったトグルとループをバッファローや水牛の角と革製のロープに変更、帽子をかぶったままでも被れた大きなフードは平たいパンケーキ型に、大きなパッチポケットにはフラップを付けました。
生地も粗野なダッフル生地から二重構造の英国産高級ウールにし、表は濃紺やキャメルで裏はタータンチェック、敢えて一枚仕上げのリバーシブルにせず、二重構造の生地の保温性に着目しました。
その結果、英国の縫製技術と高品質の毛織物との結合に彼らの工夫を随所に生かしたダッフルコートは高い評判を呼び、メンズだけではなくレディス、子供用、とラインナップも順調に増えていき、1968年には生産量の70パーセントを世界40ヵ国に輸出する、大きなメーカーになりました。
1993年には念願の輸出に貢献した者だけががもらえる最高の栄誉・クイーンズアワード(女王賞)を得て、品質向上のための努力が報われ、長年の信頼とともに、ダッフルコートならグローバーオールといわれるまでに、その地位を引き上げました。
時代によって爆発的に流行したりいつの間にかすたれたりした後、ようやく流行に左右されないベーシックなアイテムとして定着した感があります。
今着ていて、新しくも格好良くもないけれど流行遅れな感じもしない、というダッフルコートのようなアイテムこそ、良いものを一つ、手元に置いておきたいものですね。